2009年06月22日

フィールドワークでも配偶者選好が実在することが

1980年代から1990年代にかけて、概念的な理論であったランナウェイ説やハンディキャップ理論がESSとなりうることが示されると同時に、フィールドワークでも配偶者選好が実在することが確かめられ、存在を長らく疑われてきた性選択の再評価が始まった。

選択の単位論争
自然選択が働く単位は何かという論争は1960年代以降、現在でも継続中である。社会生物学の諸理論が提出される前は自然選択の単位を区別する事の重要性が十分に理解されていなかった。集団遺伝学や社会生物学では基本的に自然選択を受けて増減する単位を遺伝子(物理的な実体ではなく、情報としての)であると見なすが、系統選択や種選択、マルチレベル選択など遺伝子選択以外の理論も提唱されている、

これらの発展を受けて更に過激な論理も登場している。以下に例を示す。

遺伝子の投機的行動
例えば、鳥の雛はピヨピヨと大声で鳴くことが知られている。これはキツネやカラスなどの外敵に自身の居る位置を教えてしまう事になりこの行動の説明は、今までの論理では困難であった。
イスラエルの生物学者、アモツ・ザハヴィによれば、この行動は、実は雛がキツネやカラスに自分の居場所を教える行動だという。つまり雛の親が早く餌を持ってきて、鳴き止ませないと、雛自身が外敵に食べられてしまう。親からすると自身の遺伝子を残そうとする投資(雛を生み育てること)を無(外敵に雛が食べられる)にしたくなければ、早く餌をもってこいと雛が親を脅迫していると主張している[2]。
癌の発生
癌の発生は、遺伝子のミスコピーで発生することは良く知られている。しかし癌の肥大化はその宿り主である個体の死に至らしめるため、癌の発生メカニズムは行動生物学的に説明が難しかった。
しかし、社会生物学的に考えると、癌発生でその個体を消滅(死亡)させ、他の個体の生存空間を確保するために行われる遺伝子の自殺行為(利他的行動)(遺伝子全体にとっては利己的行動)で説明される。

1960年代に始まった若い学問分野であるが、わずか数十年で多くの研究者の議論対象に上り詰めた。一方で、伝統的で性善説的な生物観になじんだ人々に一種の強い不快感を与えてきたのも事実である。特に、動物の利他的行動を遺伝子の利己的戦略という見方から捉える視点は、従来の人間観・倫理観との間に齟齬をきたし、社会生物学論争と呼ばれる大論争にも発展した。
更年期障害
映画音楽
アルツハイマー病
オリエンテーリング
関節炎
人間工学
甲状腺疾患
環境工学
タップダンス
機械工学
原始時代
いざ・鎌倉時代
世界の建築
季節のこよみ
月の物語
湯・山梨
外国の物語
果実で美!
オレンジ活用
掃除秘伝

昆虫や魚、鳥、哺乳類などの多くの動物の行動に対しては、ある程度理論を裏付ける観察結果が得られている。一方で、人間のように行動の可塑性が大きく複雑な社会を持つ動物の行動に対し、遺伝的な進化に焦点を当てたモデルを単純に適用することはむずかしい(このことはほとんどの社会生物学者とその批判者が当然のこととみなしている)。そこで、リチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」のなかで、文化的情報の自己複製子を意味するミームという新しい用語をつくって文化的な進化の側面に注意を喚起し、また遺伝子とミーム双方の「専制支配」に抵抗する自由意志の重要性を指摘した。

この分野をめぐって欧米でおこなわれた論争の経緯については、ウリカ・セーゲルストローレ『真理の擁護者たち』(邦訳『社会生物学論争史』)が詳細にまとめている。社会学者である著者は、この論争の初期の現場にも立ち会い、また論争の多くの当事者の文献をフォローし、インタビューをおこなってこの本を書いた。論争の科学的側面はもちろん、その道徳的・政治的側面についても(社会生物学に対する批判のなかに偏見や誤解にもとづくものがあったことを含めて)分析を加えており、多くの点でバランスのとれた紹介となっている。

2009年06月05日

一院制(いちいんせい)とは、議会がただ1つの議院

一院制(いちいんせい)とは、議会がただ1つの議院によって構成される制度。対義語は両院制。

近代議会制の母国であるイギリスが両院制を採用していることから、近代的な民主制議会は二院で構成されるのが当然であると考えられた時代もあったが、第二次世界大戦以後、新たな独立国は一院制を採用することが多く、また、かつて両院制だった国でも一院制へ移行するケースが増えている。

一院制を採用する国には地域的な偏りが見られ、例えば一院制を採用しているのは、西欧やアメリカ大陸ではほとんどが人口1000万以下もしくは1000万強であるのに対し、アジアや旧共産圏では、中華人民共和国をはじめとして人口に関係なく一院制を採用する傾向がある。ただし中華人民共和国においては、諮問会議である中国人民政治協商会議がかつて最高決議機関であった歴史もあり、これを第二院に類するものとみなし、全国人民代表大会と合わせて全国両会と呼ぶことも多い。

世界最古の民主的議会と言われるアイスランドの「アルシング」(930年開設)は一院制であり、そもそもイギリスの議会も元は大貴族のみによって構成された一院制の議会が長い歴史を経て、現在のような貴族院と庶民院の二院に分かれたものである。
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利点 [編集]
両院の意見が対立し、時機に応じた法律の整備が遅れるということがない。
両院の意見が一致する場合の議論の重複を省くことができ、速やかに立法が行われる。
人件費、選挙実施費用、といった経費を削減できる。

欠点 [編集]
議会内での両院相互の均衡と抑制(チェック・アンド・バランス)が働かない結果、議会が暴走する可能性がある。特に、1つの党が長期に渡り単独過半数を維持し続ける場合に危険性が大きい。
一通りの審議で法律が成立してしまうので、その時の雰囲気に流されて立法がなされる恐れがある。
投票の機会が半減するため、議会に対する民意が反映されにくくなる。
一つしかない議会が解散されて総選挙が行われる前に、議会決議が必要な事態に対応できない恐れがある。
地域代表の議院がないため、地方の意見が国に届きにくくなる。
これらに対しては、以下のような反論がなされる。

第1の点に関しては、憲法によって、議会をコントロールするための安全装置を設定することで対応する。例えば、大統領に法律の拒否権を与えるなど。
第2の点に関しては、本会議前の委員会で十分審議を尽くさせることで、事実上、両院制と同様の機能を果たすことが可能である。さらに一部の国(コスタリカなど)では重要法案に関して数度の審議を行うことでそのような欠点を回避できるとしている。
第3の点に関しては、議員の任期を短縮したり、半数改選制や国民投票制度を採用するなどで、対処可能である。
第4の点に関しては、議員の半数改選制や代替組織で対処可能である。
第5の点に関しては、議員選出方法において地方選出枠を設けたり、地方公共団体の権限を大きくして国に依存する体制を解消したりすることで、対処する。

2009年05月01日

前代からの年寄(老中)である

秀忠の死後、前代からの年寄(老中)である土井利勝、酒井忠勝、酒井忠世が引き続き年寄となったが、家光は今まで年寄一人ができたことも、年寄3人での合議が無ければ将軍への披露を認めないことにした。そのため政務は渋滞を来たし、諸大名が幕府にちょっとした進物を出すこともままならなくなった。寛永16年(1634年)には制度を改め、年寄り3人の担当を月番制とし、六人衆(若年寄の前身)をその補佐として置いた。当初はこの制度は円滑に動いていたが、後に年寄たちが案件を翌月に先送りするようになり、さらに渋滞を招いた。

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その後六人衆から松平信綱や阿部忠秋らが老中となり、土井利勝や酒井忠勝は重要な事項のみ扱う大老となった。また、目付と大目付を設置し、年寄達を通さずに直接将軍が情報を掌握できるようにするなど、幕府の諸役職は家光の時期に定まっている。

微行(お忍び)で市中に出るのを好んだとされる。勝海舟の『氷川清話』には、決してその趣味を改めようとしない家光を懲らしめるため、老中が屈強な男を雇って喧嘩を売らせたという俗話が記されている。落語「目黒のさんま」のモデルとも言われるのはこうした世評からであろう。

将軍になって以降も遠乗りや諸大名の邸への御成などで外出することを好んだ。遠乗りの際には馬で一人だけ駆け出し、お供を置き去りにすることもしばしばあったという。

家康や秀忠同様に能を好んだが、風流踊を主体とした催しをしたり、役者ではない諸大名や家臣に演じさせたりと、やや「屈折」した愛好の仕方であった。柳生宗矩にも、秘曲として名高い難曲「関寺小町」を舞わせている。玄人の中では当時の代表的な役者である北七大夫を父同様に贔屓した[2]。

また、華美な装いも好み、諸大名に伊達衣装で登城を命じたこともある。

2009年04月17日

ウィリアムとメアリー

ウィリアムとメアリー(William and Mary)と英語でいう場合、特定の個人のことでなければ通常、ウィリアム3世と妻のメアリー2世によるイングランド・スコットランド・アイルランドの3王国の共同統治を指す。2人の共同統治は1689年2月に始まり、この時2人は名誉革命で「亡命したと考えられている」ジェームズ2世に代わって議会から招聘された。1694年にメアリーが死去すると、1702年に死去するまでウィリアムは単独で統治した。2人の統治は、イギリス史上平等の権力による「共同統治」が君主に認められた唯一の時代である[1]。通常、君主の配偶者に権力はなく、単に配偶者でしかない。

ウィリアムズバーグのウィリアム・アンド・メアリー大学は、1693年に特許状が与えられ、2人に敬意を表して寄付と命名が行われた。

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2009年04月02日

按摩の基本手技

按摩の基本手技は以下の7つに分類される。また、以下に基本手技の代表的手技を記載する。

軽擦法(按撫法) [編集]
術手を患部に密着させ、同一圧で同一速度で同一方向に遠心性で「なで」「さする」手技。作用としては弱い軽擦法は知覚神経の刺激による反射作用を起こし、爽快な感覚を起こさせる。強い軽擦法の場合は循環系の流通を良くし新陳代謝を盛んにし、また鎮静効果を期待する。 軽擦という用語は新しく、明治初期の文献ではまだ確定されておらず、按撫、摩擦などという用語が使われている。元々はマッサージ手技のひとつである強擦に対比するマッサージ用語で、按摩のことばではない。従って、強擦という手技を持たない按摩で使うべきかどうかは疑問だ。

手掌軽擦法
手掌全体で軽擦する手技で、大部分はこの軽擦法を使用する。

揉捏法(揉撚法) [編集]
術手を患部へ密着させ、垂直に圧をかけ、その圧を抜かずに筋組織を動かす手技。作用としては主として筋肉に作用を及ぼし、組織の新陳代謝を盛んにする。また腹部におこなう時は、胃腸の蠕動機能を高め、便通をよくする。

把握揉捏法
四指と母指により筋肉を強く握って筋肉の走行に従って絞り揉む手技。
母指揉捏法
按摩の代表とされる手技で、施術部に母指腹を以って加圧し、その加圧した状態で筋線維に対して垂直方向に揉捏する方法。このとき、母指のみに力を加え、四指には力を入れてはならない。その他、輪状に行う方法もある。
手根揉捏法
手根部または母指球をあてて輪状に揉む手技。肩甲骨棘下部など硬い部位に用いる。
櫓漕(ろとう)揉捏
両手掌を重ねて、あたかも「舟の櫓」を漕ぐような動きで、主に腹部に施術する。

叩打法 [編集]
身体の表面を術者の手指ですばやく打ち、叩く方法である。力が深部に達するような叩き方は避け、関節を滑らかに動かして弾力をつけて左右の手で交互に叩くことが重要である。作用としては断続刺激がリズミカルに作用するので筋、神経の興奮性を高め、血行をよくし、機能を亢進させる。

手拳打法
軽く握った拳で叩く手技。
切打法
開いた手の小指側の縁で叩く手技。多くの場合、両手を交互に動かしてほぼ同一の部位に行う。
指頭叩打法
四指の指頭で叩く手技。頭部などに用いる。
合掌打法
両手掌を合わせ、その小指側の縁で叩く手技。肩上部などで用いる。
含気打法
左右の手掌を交差してあわせ、中に空気を蓄えるようにして一方の手背で叩く手技。古名は袋手の術。肩上部などで用いる。
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

圧迫法 [編集]
圧がある頂点に達したらそれを減圧する方法である。圧を漸増、漸減に施す。漸増、漸減であるから急激に力を加えてはならない。作用としては機能の抑制である。神経痛などの痛みを鎮め、痙攣を押さえるなどの効果がある。

母指圧迫法
母指揉捏法と共に按摩の代表手技。母指にて徐々に圧を加え抜く手技。あらゆるところで使用する。

振せん法 [編集]
施術部へ術手を密着させ術手を固定し、肘関節を少し屈曲し、前腕伸筋屈筋、上腕伸筋屈筋を同時に収縮させアイソメトリックを起こし振動させ、その振動を患部へ伝える。作用としては細かい断続的刺激により神経、筋の興奮性を高め、また快い感覚を覚えさせる。本来は按摩の手技ではなく、マッサージの手技と思われる。

牽引振せん法
患者の上肢や下肢を引っ張りながら振るわせる手技。

運動法 [編集]
患者の関節を十分弛緩させて術者がこれを動かす方法である。各関節の運動方向及び生理的可動域に注意する。作用としては関節内の血行を良くし、関節滑液の分泌を促し、関節運動を円滑にして関節の拘縮などを予防する。

曲手 [編集]
中国の推拿の手法に類似しているので、その影響もあると見られる。江戸時代の鍼医杉山和一検校が普及させたものとする人もいるが、文献的にも根拠はない。曲手(きょくで)の曲は、曲芸の曲と同じで、按摩が医療行為と言うより、疲労回復や、その気持ちよさを愉しむ慰安の目的で利用されていたことから、術者の熟練度を愉しむパフォーマンスとしての意味が強い。、文献的には按腹鍼術按摩手引に記載されているのみである。

車手(二指の曲)
四指を軽く丸めて体表の上を関節ごとに当て転がす手技。
挫手
指頭を当てて第一関節を屈曲、過伸展を反復するように動かす手技。四指挫き、母指挫きがある。
横手(鳴骨の術)
開いた手の小指側の縁を体表に当てて手根を素早く前後に動かし筋肉の走行に滑らすように動かす手技である。この時、関節がコツコツと鳴るようにするために鳴骨の術とも呼ばれる。

2009年03月19日

ガランバ国立公園

ガランバ国立公園は、コンゴ民主共和国北東部の、スーダン国境近くに広がる国立公園。ガランバ川一帯を含む国立公園で、1938年に創設された。キタシロサイの保護区として知られ、1980年にはユネスコの世界遺産にも登録された。しかし、密猟の横行などによってキタシロサイは激減し、世界遺産リストからの抹消も検討されたことがあるなど、危機的な状況にさらされている国立公園である。

この国立公園の動物相の中で最も特徴的なのが、キタシロサイである。このサイはシロサイの亜種で、もともとコンゴ民主共和国やその近隣など、限られた地域にしか生息していなかった。密猟により、絶滅危惧種に指定されている。

また、キタシロサイの生息と並んでこの国立公園の特色となっているのがアフリカゾウの調教で、アフリカの他の国立公園には例を見ないゾウの調教センターもある。この調教は観光などに結びつく事業であり、地域住民に収入の途を与え、結果として密猟を防止することに役立てるという目的も込められている。

このほかの動物としては、コンゴキリン、アヌビスヒヒ、ウォーターバック、ヒョウ、ライオン等が生息している。
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

植物相 [編集]
ソーセージノキ(ノウゼンカズラ科)、ヒパレーニア(イネ科)、パピルスなどが生育している。

世界遺産 [編集]

登録基準 [編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
(10) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

危機遺産登録 [編集]
この国立公園の特徴的な存在であるキタシロサイは、1960年代から80年代にかけて激減し、絶滅寸前に追い込まれた。これは、キタシロサイの角を狙った密猟があとを絶たなかったためである。このことから1984年に「危機にさらされている世界遺産」(危機遺産)への登録が行われた。これに対し、ザイール(現コンゴ民主共和国)当局は密猟者対策を徹底し、十分な成果を挙げることに成功した。その結果、15頭にまで減っていたキタシロサイが微増傾向に転じたことから、1992年に危機遺産リストから外された。

しかし、その後スーダンの反政府軍や難民の流入、コンゴ民主共和国内の内戦などによって環境が悪化し、1996年に再び危機遺産リストに加えられた。その後、キタシロサイの生息数がついに一桁台に落ち込んだ上、地元政治家などの反対で保護のための移送計画も頓挫したため、2005年の第29回世界遺産委員会では、世界遺産リストからの除外も検討された。

結局、世界遺産登録の抹消は見送られたが、危機的な状況に変わりはなく、コンゴ民主共和国一国にとどまらない、国際的な環境保全の試みが継続されている。

2009年03月03日

モモレンジャー

ピアス爆弾
モモの個人武器。「イヤリング爆弾」「モモ爆弾」「ピンク爆弾」と、様々な呼び方をされる。フェイスマスクについているピアスをはずし、「いいわね? いくわよ!」の合図とともに敵に向かって投げつける。鉄カン仮面には、敵の周りを爆風で取り囲むネズミ爆弾を使用した。
モモミラー
ハート型の鏡。太陽光線を反射して目くらましにしたり、敵の光線や炎を反射することも可能。脳波感知機の機能も持っている。鉄グシ仮面戦ではモモミラー火炎返しで鉄グシファイヤーを反射した。鏡仮面戦ではミラーを巨大化させてサンミラー火炎を反射した。
モモカード
43話から登場した、ハート型手裏剣。複数に分裂して、敵集団を一度に攻撃できる。
モモセセリ
蝶形小型偵察機。ペンダントヘッドとモモカードを合体させて使用する。51話で使用。

ミドレンジャー
ミドメラン
ミドの特殊合金製ブーメラン。投げる事はもちろん、直接敵に斬りつけることも可能で、この戦法はミドメランカッターと呼ばれる。改造による強化が可能で、舟耳仮面戦では両端に鉤爪を付けた改良ミドメランを、カミソリ仮面戦では途中で大量に分裂させるスーパーミドメランを使用した。鉄グシ仮面戦ではミド自らが回転しつつミドメランを放つ技回転ミドメランを使用したが、弾かれた。小さな隠しポケットが付いており、24話でその中に機密カードを隠している。
ニューミドメラン
43話から登場した、ミドメランのバージョンアップ版。
ミドパンチャー
ニューミドメランが変形したスリングショット。鉄板も貫通する弾丸を放つ。発射後に弾丸を巨大化させることも可能。
ミドキック
ミドレンジャーの得意とするキック技。空中二段蹴りのダブルキック、ゴールデン仮面大将軍に使用したミド矢車キックというバリエーションがある。

必殺技
ゴレンジャーストーム
ドッジボール型爆弾をモモレンジャーからキレンジャー→ミドレンジャー→アオレンジャーの順番に蹴っていき[6]、最後にアカが「フィニッシュ!」の掛け声とともにキックして敵にぶつけると大爆発する。9話からボールの色がパスされた人に合わせて変わるようになり、アカレンジャーにパスされるとスパイクが生えるなどの強化が施された。必ずしもゴレンジャー全員が揃う必要は無いらしく、13話では3人で使用するシーンも見られる(この場合は単に「ストーム」と呼ばれ、威力は弱くなる)。23話では空中でパスやシュートを行う空中ゴレンジャーストームを使用した。
設定上モモレンジャーがその場で組み立てて出していることから、敵に応じた改造も可能で、角仮面戦では爆弾の中から子爆弾が現れるゴレンジャーストーム親子爆弾による時間差攻撃を使用している。
ゴレンジャーストーム・ニューパワー作戦
第27話から登場したゴレンジャーストームの強化型。ボールが敵の弱点や習性に応じて変化する。
ゴレンジャーハリケーン
第43話からニューゴレンジャースーツへの変更にともない登場した、ゴレンジャーストーム・ニューパワー作戦のさらなる強化型。使用するボールが「エンドボール」と呼ばれるアメフトのボール型のものに変わった。さらに繰り出し方も変わり、当初はモモレンジャーがジャンプしてエンドボールを取り出し全員が横一列に並び、アカレンジャーの「ゴレンジャーハリケーン・○○(変形するものの名前)」・「アタック!」の掛け声を合図にモモレンジャーからキレンジャー→ミドレンジャーへとパス[7]した後アオがジャンプしてエンドボールを受け取り(右手のみの場合と両手の場合あり)右手で地面に押さえ「アカ、クラウディングトライ[8]だ」と声をかけ、アカが「OK」と返してから、アオが押さえているエンドボールをアカが「エンドボール!」の掛け声とともに片足で蹴りこむようになった[9]。こちらもボールが敵の弱点や習性に応じて変化するが、その内容は次第に馬鹿馬鹿しいものになり(例:機関車仮面は石炭、トサカ仮面は入れ歯、アバラ仮面は鶏がらスープなど)、それを受けた怪人のリアクションもエスカレートしていった。将軍である火の山仮面マグマン将軍ですら例外ではなかった(マグマン将軍の項を参照)。
また、当初はゾルダーを全員倒さないうちに繰り出されており、実際のアメリカンフットボールのようにゾルダーを掻き分けながらボールをパスするシーンが見られる。第67話で殺陣が大野剣友会からJACに変わってからは1回(スケート仮面の回のみ)行なわれただけである。このボールも敵に応じた改造が可能で、53話や61話などで改造されている。第60話でミドレンジャーがキャッチに失敗。このとき、モモが予備のボールを出し、キレンジャーを経由せず直接ミドレンジャーにパスをしてことなきを得たが、この時の失敗で海に落ちたエンドボールを、第61話で牛靴仮面が回収して黒十字ハリケーンの元にしようとしたことがある。ただし、実際はゴレンジャーが先回りして偽物とすり替えていた。
第67話でキレンジャーが大岩に戻ってからは全員が縦一列に並びモモレンジャーが横回転してエンドボールを取り出し、アカレンジャーの「いくぞ!」の掛け声を合図に全員がジャンプをし(このときにモモレンジャーが「ゴレンジャーハリケーン・○○(変形するものの名前)」と言う)、モモ(空中に置く)→ミド(蹴る)→キ(ヘディング(頭突き?))の順でパスされアオが両手で受け取り地面に押さえアカが両足で蹴りこむように変更された。受け答えは「ゴレンジャーハリケーン・○○(変形するものの名前)」と言うのがアカからモモに変わった以外はほぼ同じ。最終回のみモモが取り出したエンドボールをアカへ渡し、アカが「ゴレンジャーハリケーン・カシオペア」と言った後モモへパスを出した。以降のパスは後期と同様だが映像が撮り直されている。
ゴレンジャー爆弾ハリケーン
映画『秘密戦隊ゴレンジャー 爆弾ハリケーン』で使用した必殺技。5人それぞれが1発ずつエンドボールを持ち、一斉に蹴り飛ばす。ゴレンジャーハリケーンの通じない鋼鉄剣竜を倒した。

その他の合体技
ゴレンジャーチャージ
第5話で使用。心臓が停止しているミドに対し、4人が右手を掲げてそれぞれの色の光線を放ち、復活させた。
ゴレンジャーサークル
敵を囲み、一瞬にして位置を入れ替わることで敵を混乱させる。青スジ仮面に使用。
不意打ちキック
眼鏡仮面のスローモーションメガネを破るために使用した技。アオレンジャーの合図と共に、キレンジャー以外の4人が敵の頭上に飛び蹴りを食らわす。キレンジャーは敵の股間目掛けてスライディングで頭突きする不意打ち頭突きを使用した。

ゴレンジャーの使用マシン・メカ
通信機
ゴレンジャー全員が腕に付けている、ブレスレット型の通信用アイテム。後の戦隊の通信機とは異なり、変身のための機能は備えていない。
バーディー
ゴレンジャー全員のベルトの両脇に付いている小型ロケットブースターで、これによりゴレンジャーは飛行可能。バリブルーンから飛び降りる際にも使用。メンバー全員が強化服のみで空を飛べる戦隊は、ゴレンジャーとジェットマンのみである。横向きに付いており、引き出してノズルを下に向けるだけで点火・噴射が始まる。
ゴレンジャーマシーン
ゴレンジャー隊員が使用する陸上戦闘・追跡用の特殊バイク。ブルー、グリーンマシンはサイドカーを切り離せる。動力源はリチウムエンジンで、これによってゴレンジャーマシーンは空気のあるところならば半永久的に走る事が出来る。また、高性能コンピューターによる自動走行も可能。第54話では、黒十字軍のナバローン要塞を破壊するために爆薬を積んで突入、要塞もろとも大破した。
レッドマシーン
アカレンジャー専用バイク。最高時速は300キロ。レーダー探知機や通信装置、イオンジェットによる急加速装置などを搭載している。ベース車はスズキGT750。
ブルーマシーン
アオレンジャーとキレンジャーが乗るサイドカー。運転は主に新命(アオレンジャー)が担当する。最高時速は250キロ。基本装備はレッドマシーンと大差ないが、高速走行時における安定性に優れている。
グリーンマシーン
ミドレンジャーとモモレンジャーが乗るサイドカー。運転は主に明日香(ミドレンジャー)が担当する。最高時速は250キロ。ベース車はブルーマシーンと同じスズキGT380。
スターマシーン
第55話より登場した、ゴレンジャーマシーンの後継車両(設計案は第52話で語られている)。第三次防衛計画の一環として開発された。動力源は旧マシーンと同じリチウムエンジン。最終話ではゴレンジャーマシーン同様、爆薬を積み込み黒十字城に突入、これを破壊した[10]。
レッドスター
アカレンジャー専用の新型バイク。強固な壁も打ち破る特殊超圧鋼で作られており、フロント部から機銃掃射を行う。最高時速は350キロ。オートコントローラーによる自動操縦が可能。
ブルースター
アオレンジャーとキレンジャーが乗る新型サイドカー。運転は主に新命(アオレンジャー)が担当する。最高時速は300キロ。
グリーンスター
ミドレンジャーとモモレンジャーが乗る新型サイドカー。運転は主に明日香(ミドレンジャー)が担当する。フロントから消化剤を噴射する。ベース車は三台とも旧マシーンと同じである。最高時速は250キロ。
バリブルーン
ゴレンジャーの空の要塞でもある垂直離着陸可能な飛行戦艦。犬をモチーフとしたデザイン。浮力発生用として左右翼端に大型2基、推力発生用として尾部に小型2基、合わせて4基のプロペラで飛行する。主に新命明によって操縦される。時速1200キロ(約マッハ0.98)で飛行し、様々な救助用メカや攻撃兵器を使ってゴレンジャーを支援する。主な武器はパワークレーン、ロケット砲、第28話と第42話で使用したドリルミサイル、第36話で使用したバリネット。他にも、救助ホース、フックワイヤー、マジックハンド、索敵カメラのスカイスコープ、煙幕のブルースモーク、第26話で使用した集音マイク、青スジ仮面の吹き矢を吸い付けたウルトラマグネット、第37話で水爆ミサイル搭載のコンドラーを凍結させた凍結噴射装置といった装備がある。第42話で鉄人仮面テムジン将軍を乗せて爆発四散した(テムジン将軍の項を参照)。
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

バリドリーン
バリブルーンが失われたあと、第42話のラストシーンで初登場した、バリブルーンに代わる新たな空の要塞。鳥をモチーフとしたデザイン。操縦は引き続き新命明が行うほか、オートコントローラーによる自動操縦も可能。最高速度時速1500キロ(約マッハ1.1)。コンピュータによって設計された。主な武器は機体下部に搭載されたバルカンミサイル砲・スカイロック、スカイミサイル、両翼の爪を発射するスペースウィング。他にも、第69話で使用した人工雲、プロペラシェーブ、小型ムービーカメラを装備している。バリタンクやバリキキューンを搭載し、前線に輸送する。
最終話で黒十字城とともに爆発四散したが、後の『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』で復活し、後年のVシネマ『百獣戦隊ガオレンジャーvsスーパー戦隊』にも新命の操縦で登場。スカイエース、バトルシャークと共に20年以上経っているとは思えない程の戦闘力を見せ、歴代戦隊メカ総攻撃の先陣を切り、ガオレンジャーを援護した。
バリタンク
バリドリーンと共に第42話より登場した万能戦車。地上はもちろん、地底、海底を走行する事も可能。最高搭乗人数は六人。主な武器は車体前部の二門の機銃と、上部の巨大アーム・ハンドジャイロ。このアームは敵を引き裂くジャイロカッターとして使えるほか、回転させジャイロコンパス(別名・ジャイロスクリュー)として地中に潜ることも可能。アームは第64話で改良されて以降、テンフィンガーと呼ばれるマジックハンド状のものになる(時々ハンドジャイロに戻っていることもある)。他にも、第45話の魚雷ミサイル、第54話の地中ミサイル、第55話で崖を登るために発射したアンカー、消火装置、潜望鏡、バリネット等を装備。第61話では牛靴仮面の黒十字ハリケーンを無力化するための大型吸引装置を装備した。
バリキキューン
第69話より登場した気球型飛行メカ。レーダーに引っかかることなく、いかなる場所にも離着陸できる。両側には鎖付きマジックハンドのバリハンドと鎖付きのクチバシハンド(本編では「クチバシ」と呼称)を装備している。他にも、煙幕のスモークバリアと機関銃のバリマシンを装備している。

2009年02月12日

お姉ちゃんの3乗

通称『おねきゅー』。前作『秋桜の空に』以来ほぼ2年ぶりとなるMarronの第2作目であり、ブランドによる公称ジャンルは「甘やかされ系ADV」である。そのジャンル名の通り前作のメインヒロイン・桜橋涼香で開拓し人気を得たダダ甘・姉萌え路線を継承・発展させ、いわばそれに特化してしまった作品である。登場人物は主人公の姉にあたる人物が中心となっている。シナリオライター竹井10日が得意とするギャグの連発によるハイペースなストーリー展開も健在である。反面、システム面ではNScripterを採用したことにより独自エンジンだった前作ほど極端に目立ったバグはないものの全体的に動作が重くなってしまった。前作ほどの大当たりとはならなかったが、本作より約1ヶ月前にきゃんでぃそふとからほぼ同じコンプセプト(攻略対象が全員姉といういわゆる姉ゲー)の『姉、ちゃんとしようよっ!』が発売されており、同作の影に隠れてしまったという面もある[1]。また、前作のように長期シリーズ化こそしなかったもののドラマCDも発売された。こちらも前作同様に18禁ゲーム原作作品としては声優陣が非常に豪華である。
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

有坂未空(ありさか みく、声・草尾毅)
主人公(名前変更は可能)。一ツ坂大学柔剣道同好会所属。先天的な白髪・赤眼。突飛な言動・思考をしたり、独特なネーミングセンス、実は剣術・八坂天剣桁を奥義クラスまで使いこなす桁違いの実力者であるなど前作の主人公新沢靖臣と共通点が多い。部屋は七夏が作った「お姉ちゃんグッズ」であふれている。

春崎七夏(しゅんざき ななつ、声・久川綾)
未空の2つ年上の従姉弟だが、未空を一ツ坂大学に合格させるために2年間休学して未空の家庭教師をしていたため学年は未空と同じ。とにかく未空を甘やかすことで知られ、未空からは「ななねえ」と呼ばれている。「月刊姉弟愛」を愛読。今は未空と一つ屋根の下の日々だったが、時空の歪みに巻き込まれ小鴨・立夏・いりあの3人に分裂してしまった。

春崎小鴨(しゅんざき こがも、声・望月久代)
分裂姉その1。未空からは「かもねえ」と呼ばれている。子供風世話焼きなお姉ちゃん。

春崎立夏(しゅんざき りっか、声・浅野真澄)
分裂姉その2。未空からは「なつねえ」と呼ばれている。同級生風ツッコミなお姉ちゃん。

春崎いりあ(しゅんざき いりあ、声・大谷育江)
分裂姉その3。未空からは「りあねえ」と呼ばれている。年上風甘やかされなお姉ちゃん。

デビル・デモニラ・デワーリル(声・金田朋子)
通称「デビル」「デビすけ」など。身長約15cmで、一見悪魔に見えなくもない見た目と名前だがれっきとした妖精。時空の歪みの調査のために妖精界から未空の元へと現れた。年齢は、10万12歳で一応「姉」である。栗が大好物。

鎌倉夢子(かまくら ゆんこ、声・田村ゆかり)
未空の1つ年上の幼馴染だが、入試で豪雪に埋もれて迷子になり浪人したため学年は未空と同じ。キューブリックさんが好きで、その名前と趣味から未空からは「ドリ子」と呼ばれている。妙な三段活用をするしゃべり方をし、たまに未空につっこまれる。親は獣医師、祖母は奈々坂学園(前作の舞台)家庭科教師である。

奈乃菜レモン(なのな れもん、声・こおろぎさとみ)
一ツ坂大学柔剣道同好会会長で合気道の達人。普段は袴姿の金髪ハーフで、他人を呼ぶときは「屋さん」と語尾につける。普段はどちらかというとおとなしいのだが、暴走しだすと・・・。

権田原疾風(ごんだわら はやて、声・関俊彦)
一ツ坂大学柔剣道同好会所属。未空からは「ゴン太」と呼ばれており、未空以外では唯一メインで登場する男性キャラ(立ち絵があるのも彼のみ)だが、いまいち影が薄い。他人を呼ぶときは苗字の後ろに「選手」とつける。

鎌倉タケル(声・堀江由衣)
一応、フリルドレスを着ている正体不明の人物とされているが、ドラマCD版で堀江由衣が起用されていることからある程度人物像を推測できる。ドラマCD版では初登場時から正体が明かされていた。未空より1日だけ早く生まれているが、それでも七夏に言わせれば「姉」であるらしい。

シスタンリー・キューブリックさん
作中世界で大人気中のファンシーグッズのキャラクターの販促用着ぐるみ。ドラマCD版には登場しない。実は着ぐるみの中に入っているのは『秋桜の空に』に登場するある人物である(作中では名前は明かされていないが、口調でバレバレである)。その人物はある場所で背景にもさりげなく登場していたりもする。映画監督のスタンリー・キューブリックが名前の元ネタである。

2009年01月26日

ジグムント・ストヨフスキ

ジグムント・デニス・アントニ・ヨルダン・デ・ストヨフスキ(Zygmunt Denis Antoni Jordan de Stojowski, 1870年5月4日 – 1946年11月5日)はポーランド人ピアニスト・作曲家。20世紀になると渡米し、ニューヨークを拠点に、いわば第二の故郷として活動を続けた。

生涯
キェルツェ近郊に生まれ、母マリエから音楽の手ほどきを受けた後、ポーランドの作曲家ウラディスワフ・ジェレニスキに師事する。クラクフにおいて、弱冠17歳のまだ学生だったうちに、地元のオーケストラと共演してベートーヴェンの《ピアノ協奏曲 第3番》を弾き、演奏会ピアニストとしてデビューを果たす。

18歳でパリに留学して、ピアノをルイ・ディエメに、作曲をレオ・ドリーブとテオドール・デュボワに師事。2年後にパリ音楽院においてピアノ演奏および対位法とフーガで首席となる。しかしながら1901年12月にワルシャワの雑誌に掲載されたストヨフスキへのインタビューによると、恩師として最も深い影響を受けたのは、ヴァイオリニストのウワディスワフ・ゴルスキと、1891年より師事したピアニストのイグナツィ・ヤン・パデレフスキであったという。パリ音楽院在籍中は、ソルボンヌ大学にも通って哲学・歴史・文学を修めた。

1891年にパリのサル・エラールにおける演奏会で、バンジャマン・ゴダールの指揮によって自作の《ピアノ協奏曲 第1番》を上演し、作曲家や演奏家としての国際的な活躍にとりかかる。その後はドイツやイングランドの最も重要なオーケストラとも共演し、そのさい自作を上演して大成功を収めた。1898年7月9日にライプツィヒのパデレフスキ国際コンクールにおいて《交響曲 ニ短調》作品21により優勝し、マウリツィ・ザモイスキ・コンクールでは《ポーランド幻想曲》によって準優勝となった。当時のストヨフスキの作風は、ブラームスやチャイコフスキーの影響がとりわけ顕著であった。

1901年11月5日に、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の第1回演奏会において、エミール・ムウィナルスキの指揮により、ストヨフスキの《交響曲》作品21が取り上げられ、コンクールを勝ち抜いた作品として演奏会当日の目玉となった。12月のワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、ストヨフスキがソリストとして出演し、翌1902年1月にも再び出演し、十八番のサン=サーンスの《ピアノ協奏曲 第4番》を上演した。

1905年10月に渡米し、ハロルド・バウアーとパブロ・カザルスに推挙され、フランク・ダムロッシュが開設したばかりの音楽芸術研究所(ジュリアード音楽学校の前身)の教員に就任するかたわら、ごくわずかな期間でピアニストとして名を揚げた。早くも1906年にカーネギー・ホールにおいてフランク・ダムロッシュ指揮のニューヨーク交響楽団と共演し、サン=サーンスの《ピアノ協奏曲 第4番》を弾いた。

幅広い演奏活動に加えて、教育活動にも勤しむ。1911年まで音楽芸術研究所の教壇に立ち、その後は1917年までフォン・エンデ音楽学校の校長に就任した。最終的には、入門志願者のあまりの多さに、マンハッタンの4階建ての自宅に「ストヨフスキ音楽塾(Stojowski Studios)」を開いた。また、米国およびカナダ・南米の各地で夏季講習会やマスタークラスを主宰し、1940年から1946年までジュリアード音楽学校でも夏季講習会を催した。
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ストヨフスキの最も重要な門人に、アレクサンデル・ブラホツキ、アントニア・ブリコ、フィリダ・アシュリー、オスカー・レヴァント、ミッシャ・レヴィツキ、アーサー・レッサー、アルフレッド・ニューマン、ギオマール・ノヴァエス、ハリエット・ウェア、ルイサ・マティルデ・モラレス=マセドがいる。モラレス=マセドはストヨフスキと結婚した女性ピアニスト・作曲家で、1930年代末まで教師としても活躍した。彼女との間にもうけた3人の息子(1919年生まれの長男アルフレッド、1921年生まれの次男ヘンリー、1923年生まれの三男イグナス)を、ストヨフスキは「自分の3つの傑作」と呼んでいた。

ニューヨークでは、偉大な音楽家や名伯楽として称賛され、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏会で自作を取り上げてもらうことのできた最初のポーランド人作曲家という栄誉にあずかった。

主要作品
交響曲
ヴァイオリン協奏曲
ピアノ協奏曲 第1番、第2番
ピアノと管弦楽のための交響的狂詩曲 Rhapsodie symphonique
チェロと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック
室内楽曲(多数)
ピアノ曲(多数)
カンタータ(2曲)
声楽曲(多数)

エセル・スマイス(Ethel Mary Smyth, 1858年4月23日 - 1944年5月8日) はイギリスの作曲家。19世紀後半の女性作曲家としては、フランスのオーギュスタ・オルメスやシャミナード、アメリカのエイミー・ビーチと並ぶ偉大なパイオニアである。また、サフラジェット(戦闘的女権運動の闘士)としても名を残した、先駆的なフェミニストでもあった。晩年に聴力を失ってからは、エッセイストに転じ、自伝や交遊録を残した。ちなみに、上野千鶴子の著書などでは「スミス」と紹介されることもあるが、これはイギリス英語の発音ではなく、米語に基づく表記である。また、スマイス以前に、アリス・メアリ・スミスというイギリス人女性シンフォニストがいたことから、混同しないように注意が必要である。

生涯
ロンドンの軍人の家庭に育つが、厳格な父親への反感からドイツに渡り、短期間ライプツィヒ音楽院でザーロモン・ヤーダスゾーンと院長カール・ライネッケに学ぶが、校風になじめず退学。のちウィーンに渡って、ブラームスの友人ハインリヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルクの個人指導のもとに作曲技法を磨いた。ブラームスのことを「音楽界の救世主」と呼んだほどに熱烈なブラームスの崇拝者であったが、初期と晩年に器楽曲を物したのを除けば、歌曲や合唱曲、とりわけオペラ作曲家として活躍した。

初期の器楽曲にはメンデルスゾーン、シューマン、ブラームスの影響が見られる。帰国後のオペラ作品はアーサー・サリヴァンとワーグナーの影響が著しく、色彩的なオーケストラの用法と自在な転調、凝った和声と旋律の創意が顕著である。第一次世界大戦以降は、ホルストなどの影響のもとに新古典主義に傾いた。生涯を通して、重厚な響きと堅固な構成力、情熱的な表現が特徴的である。

エセル・スマイスはカミングアウトこそしなかったものの、同性愛者であり、創作や社会活動の背景と動機は、しばしば恋愛感情に由来している(「ミサ曲 ニ短調」など)。また、オペラやオペレッタには、フェミニズム(もしくはレズビアン・フェミニズム)的思想を盛り込んだものが認められる(歌劇「難船掠奪民 The Wreckers」など)。1930年初頭から、ヴァージニア・ウルフに熱を上げ、両者の間で大量の書簡を取り交わすほどに至った。

1922年、音楽的な功労に対してデイム(Dame)の称号を授与された。

作品
ミサ曲 ニ短調
ヴァイオリン・ソナタ ニ短調
チェロ・ソナタ イ短調
交響的セレナード ニ長調
オペラ「難船掠奪民The Wreckers」
弦楽四重奏曲 ホ短調
合唱曲「女たちの行進」
ヴァイオリンとホルンのための二重協奏曲

2009年01月18日

大手Nゲージメーカー

日本の大手Nゲージメーカーでは唯一、蒸気機関車をラインナップしていない。過去C57を販売し(1983年)、20周年記念モデル9600を製作するなどしていたが、マイクロエースなどの競合から現在ではきかんしゃトーマスシリーズを除き生産していない。ディーゼル機関車には、実在しないフリースタイルのCタイプ小型ディーゼル機関車をラインナップしており、車体カラーはオレンジ、黄、青、緑、白、茶色の6色がある。

貨車
「トミーナインスケール」の頃より貨車の種類が豊富で、事業用車など特殊な車両までラインナップされている。初期の貨車(香港製OEM品)は取り扱いを中止し、その後金型を保有するケーダー社より製品の供給を受けたグリーンマックス限定品や河合商会製品として復活販売されているものもある。ちなみに、ラインナップにあるタム6000形は、先述のCタイプ小型ディーゼル機関車と同様、実在しないフリースタイルの貨車である。

客車
寝台車は14系14形、24系25形100番台を中心に長年発売されてきたが、近年14系15形、24系24形、24系25形0番台が製品化された。さらに列車名を冠してその編成独自の個室車、改造車が含まれたセットが発売され、特に最近の傾向では廃止された寝台列車を限定製品化する「さよなら○○」シリーズが多く販売されている[3]。なお、12系や50系以外の客車は、未だにボディーマウント式のTNカプラーには対応していない。これはTNカプラーは連結部が密着してアソビの部分が存在しないことで重心移動によるショックを吸収できないため、機関車牽引列車では脱線を起こすことによる。セット販売が中心となり単品での入手が困難な製品がある。その他にジョイフルトレインも多数製品化している。

TNカプラー使用による機関車牽引列車の脱線は、編成が長くなればなるほど、その危険度が高まる。
ただし台車マウント式の場合は、カプラーポケット部でいくらかのアソビを持たせられるため、ボディーマウント式よりは脱線のリスクが低まる。
アーノルドカプラー使用時よりもアソビがないことには変わりないので、脱線のリスクが完全に解消されるわけではない。

私鉄車両
積極的に私鉄車両の製品化を行い、現在でも比較的ラインアップが充実している。トミックスで初めて作られた私鉄車両西武5000系レッドアローに始まり、2005年に話題となった小田急ロマンスカー50000形VSEをはじめ、7000形LSE、10000形HISEや名鉄8800系パノラマDX、東武100系スペーシア、近鉄21000系アーバンライナー、長野電鉄1000系ゆけむりなどの特急車両や、箱根登山鉄道1000形、三陸鉄道36形、しなの鉄道115系、169系、松浦鉄道MR‐100形、南部縦貫鉄道キハ10形レールバス、北海道ちほく高原鉄道CR70形など製品化されている。なお、以前にも発売されていた名鉄7000系パノラマカーが2007年にハイグレード製品化されている。
久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

価格
細部にこだわったHGシリーズの価格は高価である。既存品はリニューアルなどに伴い価格帯が上昇した。 いっぽう他社と競合する車種では、TNカプラーの装備を省略してオプション品としたり、E4系のように一部に安価な部品を採用して価格帯を下げる傾向も見受けられる。

発売時期
TOMIXに限った事ではないが、新製品や再生産品の発売が当初の発表より延期されることがよくあり、予定通り発売されることの方が珍しい。概ね1~3ヶ月程度遅くなるのが通例である。

レール
トミックスレールは1976年に国内メーカー初のNゲージ道床付きシステムレールとして発売された。 これは平面性が確保しづらい床の上でも、軽いNゲージ車両に安定した軌道を与え、容易に安定した走行を確保できるものであった。従来Nゲージに限らず鉄道模型は固定式線路を使用しベース上にレイアウトを製作し車両を走行させるすることを前提にしていた。日本市場では、狭い住宅などの事情によって鉄道模型専用に部屋をもてない者が多い中、遊ぶ毎に敷設し撤去も容易にできるレールを要求するニーズが存在し、「お座敷レール」として好んで受け入れられた。また、ターンテーブルもフロアレイアウトでレールにフラットに接続できるもので、国内唯一の存在である。その一方で固定式レイアウトでの使用も考慮し、道床の厚みは比較的低く釘穴も開けられている。

トミックスレールのもうひとつの特徴はアクセサリーなどの関連製品が充実しシステム性が高いことである。トミックスは欧州で既に一般的な、綿密に計算されシステム化されたレールシステムを日本へ導入し、日本市場でのNゲージ人口拡大に貢献した。また、レールを国産化し日本形レールを普及させたが、現在では生産拠点をコストの低い中華人民共和国へシフトしている。

基本仕様
ストレートレールの基本長は140mm。これは駅などでの有効長の計算を簡単にするため、20m車両約1両分(≒133mm)に近い値として設定されている。この他に基本長の2倍の長さの280mmや1/2倍の70mmを基本としてシステムが構成されている。
複線間隔は37mm(道床の幅の2倍)。これに基づき、カーブレールの半径や信号機の機械の幅などが決まっている。線間がやや広くリアリティに欠けるものの、新幹線等の大型車両をすれ違わせても干渉することがない。
カーブの基本半径は280mm。これに複線間隔37mmを順次プラスマイナスした半径243mm、317mm、354mm、391mmなどがある。
本システムの特徴として、ポイントなどの特殊なレールを除くほとんどのレールにフィーダー差込口がついている点が挙げられる。道床付きレールシステムの多くがフィーダーを取り付ける専用の直線レールを必要とする中、カーブにも直線を組み込むことなく給電できる数少ないシステムである。

電動ポイント
TOMIXのポイントは種類も豊富でレイアウトの自由度が高い。近年では小型化に力をいれており、全長わずか70mmの電動ポイントを模型化している。

初期のものはポイントマシンが大型で複線間隔37mmに入れることは可能であるが並列して使用することはできなかった。その後、ポイントマシンが取り外し可能な小型のものとなり、並列して、また高架駅への使用が可能となった(ニュー電動ポイント、1981年~)。ポイントマシンはライトグレーであったが、発売されたバラスト(当時はグレー1種のみ発売)にあわせてすぐにダークグレーに色調が合わせられた。ポイントマシン完全内装化は、ポイントマシンがDCバイポーラ式への変更に伴い薄型化された1997年(Neo化・電動ポイント-N)以降であるが、従来製品である3線式ポイントスイッチとの互換性はない。

Neoシリーズは転轍機をダミーで表現しトングレールを支え動かすロッドを緻密に再現している。さらにFineTrackでは、道床付としては日本初のダブルスリップポイント[4]、Y字ポイントも加わっている。なお、2008年2月には三方ポイントも発売され、2008年夏よりリニューアルが行われている。