2009年12月17日

ジュース

ジュースとは果汁のこと。または英語で「汁」(肉汁等含む)のこと。日本国内では「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)により「果汁100%のもの以外は、『ジュース』という名称で販売できない」ことになっている。従って粉末ジュースの名称も使用できない。ただし、糖類・はちみつなどの添加は許されている場合がある。果汁と野菜汁のみを原料とする飲料のうち、果汁が50%以上のものも、野菜ミックスジュースと表記することができる。いずれの場合も、果汁・野菜汁は濃縮還元でもよい。
また、一般に市販されているジュースのほとんどは、濃縮還元でも、ストレート果汁表記のものでも 加熱殺菌等の処理をされる為に、ビタミンなどの栄養素は減少している場合が多く 栄養素の面では、実際に家庭でミキサーなどを使って作るジュースに比べると格段に落ちてしまう。 果物を摂取する代わりに、というよりは、あくまで風味を楽しむものと考えた方が良い。

トマトジュース、にんじんジュースについては別に規定があり、トマト果汁100%のもののみをトマトジュースと表記できる。ただし、食塩の添加は認められている。にんじんジュースも同様である。トマトジュースの場合も、果汁は濃縮還元でもよい。「野菜ジュース」についての定義はないが、一般的には野菜汁のみ、または若干の食塩を添加した飲料で、果汁100%のものをいう。

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日本における「ジュース」
ジュースという言葉の正しい用法は上記のとおりであるが、日本においては「果汁」という本来の意味ではなく、コーラなどの炭酸飲料なども含めた甘いソフトドリンク全般(果汁の含有率問わず)を「ジュース」と総称する習慣があり、日本語としてのジュースの定義が確立されて以降も俗称として根強く残存している。これはかつて多くのメーカーが果汁飲料ではないソフトドリンクを「ジュース」という商品名で長らく販売していたという歴史に起因するものであると思われる。なお、烏龍茶など茶系飲料も含むソフトドリンク全般については、『飲料』と呼ばれる。
また、ジュースはあくまで果汁の事であり、必ずしも飲料を意味しない。従って食品にふりかける等に使われるレモン汁その他の柑橘類の果汁も、本来はジュースなのであるが、こうした飲料以外の目的の果汁は、一般にはジュースとして意識されていない。

2009年12月01日

花見の実際

各地域での桜の開花予想日は毎年3月に気象庁から発表され、同じ日に開花予想された地域を結んだ線は桜前線と呼ばれる。この前線はソメイヨシノを基準にしているため、桜によっては若干、開花の時期が前後する事があるので注意が必要である。

日本の半分以上の地域では桜の開花時期が毎年4月と、時期的に企業・学校等の年度始めや新学期とちょうど重なる。ただし、年度替りの3月の春休みに桜が開花する九州・中国地方・四国地方や5月上旬に開花する東北地方や北海道ではこの限りではない。 しかし、近年では地球温暖化や気候変動の原因で、桜の開花時期が観測史上記録的な早さだった2002年を皮切りに従来の4~5月から3月にほぼ毎年開花するようになった。関東以西では1990年代以降花見の習慣が一ヶ月早まり、3月に行われるようになってきているため、桜が卒業式シーズンの代名詞になりつつある。

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なお、沖縄県では花見の習慣は本来的には存在しない。なお、沖縄県で代表的な桜はカンヒザクラでその開花時期は毎年1月 つまり九州以北では真冬となる時期である。同様に北海道でも道東・道北を中心に花見の習慣はそれほど盛んではなく、代わりに秋の紅葉シーズンに「観楓会」と呼ばれる宴会が実施される習慣がある。

夜に花見をすることは夜桜(よざくら)または夜桜見物(よざくらけんぶつ)と呼ばれ、桜に独特な習慣である。上野公園や靖国神社など一部の桜の名所では夜桜のためにぼんぼりを設置することがある。

桜吹雪とは一斉に花弁が落ちる様であり、その美しさも花見の一環として愛でられており全て散った後には葉桜と呼ばれる状態になる。

2009年11月27日

現代の手榴弾

アメリカ陸軍のM67手榴弾は、破片手榴弾と呼ばれ、信管に点火後5秒で爆発する。爆発と共に容器の破片が高速で飛散し、周囲15m以内の人員を殺傷する。

手榴弾はおおむね敵対する人員を殺傷する目的で用いられるが、安易な殺傷が許されない状況では音響手榴弾(stun grenade スタングレネード)もしくは閃光弾(flash bang フラッシュバン)が用いられることもある。これは素早く爆発する特殊な手榴弾で、破片はほとんど飛び散らないが破裂と同時に大音響と閃光を発する。
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音響手榴弾や閃光手榴弾は、大音響と閃光によって対象者をショック状態にして数秒間意識を失わせ、対象者が棒立ちになっている隙をついて相手を制圧する。ハイジャックなどの人質事件で周囲に損害を出さずに対象(人質も含まれるが、人命に関わる負傷や後遺症は無い)を無力化する武器で、軍隊や警察の特殊部隊は大抵これを装備している。日本では西鉄バスジャック事件で突入の際に利用された事でも有名。

発煙筒も、殺傷力は無いものの手榴弾と同様の構造をしており、点火すると白もしくは着色された色の煙を噴き出す。煙幕は敵の攻撃をかわしたり、注意を逸らしたり、信号を送るなど多くの用途があり、軍隊ではよく用いられる。暴徒鎮圧用として、煙ではなく催涙ガスを用いる場合もある。いわゆる催涙弾で、点火すると内部からCNガス(クロロアセトフェノン)やCSガス(2-クロロベンジリデンマロノニトリル)といった催涙ガスが噴き出し、これを吸い込むと激しい咳や、涙が出て行動が難しくなる。攻撃目標を燃やす場合には、黄燐手榴弾や焼夷手榴弾が用いられる。黄燐手榴弾は黄燐が大気中で発火および燃焼する性質を利用した手榴弾で、焼夷手榴弾はテルミット反応を用いて激しい燃焼を起こす。

2009年11月13日

前哨戦~小田原包囲

1590年(天正18年)春頃から豊臣軍主力が、かつて源頼朝が平氏打倒の挙兵の際に兵を集めた黄瀬川周辺に集結。それを察知した後北条側はゲリラ戦法を以ってこれに対抗。兵糧を焼くなど一定の戦果があったらしく、豊臣軍の兵は忽ち食糧不足に陥り略奪や狩猟などで食糧を確保していたようである。3月27日には秀吉自身が沼津に到着。29日に進撃を開始。進撃を阻む山中城には秀次・徳川勢を、韮山城には織田信雄勢を宛てて攻撃を開始した。山中城では一柳直末が討ち死にしたものの数時間の戦闘の後落城し、松田康長は北条氏勝を逃して手勢を率いて玉砕。徳川勢は山中城落城の同日に鷹之巣城を、翌日に井伊直政隊が攻城を開始した足柄城を4月1日に落とし、先鋒部隊は早くも4月3日には小田原に到着した。韮山城では攻撃側の10分の1しかいない城兵が織田信雄勢を阻み包囲戦となる。そのため、秀吉は韮山城包囲のための最小限の兵力を残し、織田信雄以下の主力は小田原方面に転進させた。水軍部隊は伊豆半島沿岸の諸城を落とし小田原沖に展開する。小田原包囲戦が始まると秀吉は余裕を各方面に見せ付けるかのように、石垣山に石垣山一夜城を築き、千利休や、淀殿ら愛妾を呼んでの大茶会などを連日開いた。また、富と権力を誇示するためのパフォーマンスを小田原やそれ以外のところで繰り広げることとなった。
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一方、前田勢・上杉勢ら北国勢と、途中で合流した信州勢を主力とする北方隊は、3月に入るや否や松井田城攻略に取り掛かった。大道寺政繁は嫡男を脱出させ自らは激しく抵抗するも、連合軍の猛攻の前に4月20日についに降伏。道案内をすることとなった。その後、厩橋城(4月19日)、箕輪城(4月23日)と上野の各城を開城勧告などで難なく攻め落とした。

2009年11月02日

雷鳴が聞こえる距離は10km程度で

雷鳴が聞こえる距離は10km程度で、雷雲の範囲もその程度の広がりを有している。なお、黒雲の外側の白っぽく見える雲からも落雷することがある。したがって雷鳴が少しでも聞こえたらすでに雷雲の下にいるのであり、直ちに避難を開始する必要がある。稲妻から雷鳴までの時間を計るのは無意味である。
鉄筋コンクリート建築物・戸建て住宅などの本格的木造建築物に避難する。
電気の本流が外壁を伝っていくため安全である。ただし、以下の事項に注意する必要がある。壁・柱・天井などから1メートル程度距離を置く。アンテナのような屋外の被雷しやすいものにつながっているテレビなどからは離れたほうがよい(2メートル以上)。電気機器・有線の電話なども同様に1メートル程度はなれたほうがよい(電話をかける必要があるときは、携帯電話や子機を使用するのが安全)。雷の電気が水道管・ガス管を伝う可能性もあるので、なるべくこれらを使用せず近寄らない。
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自動車・電車など周囲が金属で囲まれた乗り物に避難する。
自家用車車内など乗り物の内部は比較的安全である。全周を金属で囲われている格好となり、落雷してもこの金属部分を通るため内部への影響は少ない。ただし、ハンドル、車体、電装機器には触れないほうが無難である。また、落雷の電気エネルギーによって火災が発生する可能性はあるし、運転中であればショックで事故等を起こす可能性もあるので過信は禁物である。

2009年10月23日

OJTが雇用者の思うように進展しないとなると

OJTが雇用者の思うように進展しないとなると、OffJTによる仕事を離れての集合教育(研修)が重用されるようになる。この場合の指導者、つまり講師は大きく内部講師と外部講師に分けられ、前者は社内より指導者を抜擢するもので、後者は外部団体よりいわゆるその道のプロを講師として招くものである。 前者だと、社内事情や業務内容に精通しているものが教壇に立つという揺るぎの無いメリットが得られるが、担当する講師により指導の展開に極端な差が出るなど、所詮は内部の人による「会議の延長」という甘い雰囲気に流されることもある。 後者は、発注する雇用者側のリクエストに応じた内容でさすがはプロ、と言われるような研修を実施してくれるが、当然のことながらコストがかかる。(ちなみに売れっ子の研修講師になると、1日30~50万円程度はみておいた方がよい。有名人の講演にかかる出講料はそれ以上することも多いが、これはタレントへの出演料のようなものである)
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企業内教育は、従業者が業務を適正にこなせるようにするものである。しかし、まれに自主退職などの形で従業者を辞めさせるべく精神的に追い込むために、無理な条件を提示したり、無味乾燥な作業に従事させることを「教育」と称し、リストラ対象とされた従業者を苦しめる行為も報道され、社会問題として問題視された例もある。

本来、従業者の能力向上を目的として行われる企業内教育であるが、これら問題視される実質的な従業者いじめ等では他の従業者にもストレスやフラストレーションを与えかねない部分がある。従業者が業務を行うにあたっての姿勢や業務処理の方向性については、現場の問題でもあるため、従業者の意見を尊重した方が良い結果を生むことも多い一方、組織統制の必要から従業者の自主性や主体性が十分に尊重できない例もある。

OJTが雇用者の思うように進展しないとなると

OJTが雇用者の思うように進展しないとなると、OffJTによる仕事を離れての集合教育(研修)が重用されるようになる。この場合の指導者、つまり講師は大きく内部講師と外部講師に分けられ、前者は社内より指導者を抜擢するもので、後者は外部団体よりいわゆるその道のプロを講師として招くものである。 前者だと、社内事情や業務内容に精通しているものが教壇に立つという揺るぎの無いメリットが得られるが、担当する講師により指導の展開に極端な差が出るなど、所詮は内部の人による「会議の延長」という甘い雰囲気に流されることもある。 後者は、発注する雇用者側のリクエストに応じた内容でさすがはプロ、と言われるような研修を実施してくれるが、当然のことながらコストがかかる。(ちなみに売れっ子の研修講師になると、1日30~50万円程度はみておいた方がよい。有名人の講演にかかる出講料はそれ以上することも多いが、これはタレントへの出演料のようなものである)
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企業内教育は、従業者が業務を適正にこなせるようにするものである。しかし、まれに自主退職などの形で従業者を辞めさせるべく精神的に追い込むために、無理な条件を提示したり、無味乾燥な作業に従事させることを「教育」と称し、リストラ対象とされた従業者を苦しめる行為も報道され、社会問題として問題視された例もある。

本来、従業者の能力向上を目的として行われる企業内教育であるが、これら問題視される実質的な従業者いじめ等では他の従業者にもストレスやフラストレーションを与えかねない部分がある。従業者が業務を行うにあたっての姿勢や業務処理の方向性については、現場の問題でもあるため、従業者の意見を尊重した方が良い結果を生むことも多い一方、組織統制の必要から従業者の自主性や主体性が十分に尊重できない例もある。

2009年06月22日

フィールドワークでも配偶者選好が実在することが

1980年代から1990年代にかけて、概念的な理論であったランナウェイ説やハンディキャップ理論がESSとなりうることが示されると同時に、フィールドワークでも配偶者選好が実在することが確かめられ、存在を長らく疑われてきた性選択の再評価が始まった。

選択の単位論争
自然選択が働く単位は何かという論争は1960年代以降、現在でも継続中である。社会生物学の諸理論が提出される前は自然選択の単位を区別する事の重要性が十分に理解されていなかった。集団遺伝学や社会生物学では基本的に自然選択を受けて増減する単位を遺伝子(物理的な実体ではなく、情報としての)であると見なすが、系統選択や種選択、マルチレベル選択など遺伝子選択以外の理論も提唱されている、

これらの発展を受けて更に過激な論理も登場している。以下に例を示す。

遺伝子の投機的行動
例えば、鳥の雛はピヨピヨと大声で鳴くことが知られている。これはキツネやカラスなどの外敵に自身の居る位置を教えてしまう事になりこの行動の説明は、今までの論理では困難であった。
イスラエルの生物学者、アモツ・ザハヴィによれば、この行動は、実は雛がキツネやカラスに自分の居場所を教える行動だという。つまり雛の親が早く餌を持ってきて、鳴き止ませないと、雛自身が外敵に食べられてしまう。親からすると自身の遺伝子を残そうとする投資(雛を生み育てること)を無(外敵に雛が食べられる)にしたくなければ、早く餌をもってこいと雛が親を脅迫していると主張している[2]。
癌の発生
癌の発生は、遺伝子のミスコピーで発生することは良く知られている。しかし癌の肥大化はその宿り主である個体の死に至らしめるため、癌の発生メカニズムは行動生物学的に説明が難しかった。
しかし、社会生物学的に考えると、癌発生でその個体を消滅(死亡)させ、他の個体の生存空間を確保するために行われる遺伝子の自殺行為(利他的行動)(遺伝子全体にとっては利己的行動)で説明される。

1960年代に始まった若い学問分野であるが、わずか数十年で多くの研究者の議論対象に上り詰めた。一方で、伝統的で性善説的な生物観になじんだ人々に一種の強い不快感を与えてきたのも事実である。特に、動物の利他的行動を遺伝子の利己的戦略という見方から捉える視点は、従来の人間観・倫理観との間に齟齬をきたし、社会生物学論争と呼ばれる大論争にも発展した。
更年期障害
映画音楽
アルツハイマー病
オリエンテーリング
関節炎
人間工学
甲状腺疾患
環境工学
タップダンス
機械工学
原始時代
いざ・鎌倉時代
世界の建築
季節のこよみ
月の物語
湯・山梨
外国の物語
果実で美!
オレンジ活用
掃除秘伝

昆虫や魚、鳥、哺乳類などの多くの動物の行動に対しては、ある程度理論を裏付ける観察結果が得られている。一方で、人間のように行動の可塑性が大きく複雑な社会を持つ動物の行動に対し、遺伝的な進化に焦点を当てたモデルを単純に適用することはむずかしい(このことはほとんどの社会生物学者とその批判者が当然のこととみなしている)。そこで、リチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」のなかで、文化的情報の自己複製子を意味するミームという新しい用語をつくって文化的な進化の側面に注意を喚起し、また遺伝子とミーム双方の「専制支配」に抵抗する自由意志の重要性を指摘した。

この分野をめぐって欧米でおこなわれた論争の経緯については、ウリカ・セーゲルストローレ『真理の擁護者たち』(邦訳『社会生物学論争史』)が詳細にまとめている。社会学者である著者は、この論争の初期の現場にも立ち会い、また論争の多くの当事者の文献をフォローし、インタビューをおこなってこの本を書いた。論争の科学的側面はもちろん、その道徳的・政治的側面についても(社会生物学に対する批判のなかに偏見や誤解にもとづくものがあったことを含めて)分析を加えており、多くの点でバランスのとれた紹介となっている。

2009年06月05日

一院制(いちいんせい)とは、議会がただ1つの議院

一院制(いちいんせい)とは、議会がただ1つの議院によって構成される制度。対義語は両院制。

近代議会制の母国であるイギリスが両院制を採用していることから、近代的な民主制議会は二院で構成されるのが当然であると考えられた時代もあったが、第二次世界大戦以後、新たな独立国は一院制を採用することが多く、また、かつて両院制だった国でも一院制へ移行するケースが増えている。

一院制を採用する国には地域的な偏りが見られ、例えば一院制を採用しているのは、西欧やアメリカ大陸ではほとんどが人口1000万以下もしくは1000万強であるのに対し、アジアや旧共産圏では、中華人民共和国をはじめとして人口に関係なく一院制を採用する傾向がある。ただし中華人民共和国においては、諮問会議である中国人民政治協商会議がかつて最高決議機関であった歴史もあり、これを第二院に類するものとみなし、全国人民代表大会と合わせて全国両会と呼ぶことも多い。

世界最古の民主的議会と言われるアイスランドの「アルシング」(930年開設)は一院制であり、そもそもイギリスの議会も元は大貴族のみによって構成された一院制の議会が長い歴史を経て、現在のような貴族院と庶民院の二院に分かれたものである。
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利点 [編集]
両院の意見が対立し、時機に応じた法律の整備が遅れるということがない。
両院の意見が一致する場合の議論の重複を省くことができ、速やかに立法が行われる。
人件費、選挙実施費用、といった経費を削減できる。

欠点 [編集]
議会内での両院相互の均衡と抑制(チェック・アンド・バランス)が働かない結果、議会が暴走する可能性がある。特に、1つの党が長期に渡り単独過半数を維持し続ける場合に危険性が大きい。
一通りの審議で法律が成立してしまうので、その時の雰囲気に流されて立法がなされる恐れがある。
投票の機会が半減するため、議会に対する民意が反映されにくくなる。
一つしかない議会が解散されて総選挙が行われる前に、議会決議が必要な事態に対応できない恐れがある。
地域代表の議院がないため、地方の意見が国に届きにくくなる。
これらに対しては、以下のような反論がなされる。

第1の点に関しては、憲法によって、議会をコントロールするための安全装置を設定することで対応する。例えば、大統領に法律の拒否権を与えるなど。
第2の点に関しては、本会議前の委員会で十分審議を尽くさせることで、事実上、両院制と同様の機能を果たすことが可能である。さらに一部の国(コスタリカなど)では重要法案に関して数度の審議を行うことでそのような欠点を回避できるとしている。
第3の点に関しては、議員の任期を短縮したり、半数改選制や国民投票制度を採用するなどで、対処可能である。
第4の点に関しては、議員の半数改選制や代替組織で対処可能である。
第5の点に関しては、議員選出方法において地方選出枠を設けたり、地方公共団体の権限を大きくして国に依存する体制を解消したりすることで、対処する。

2009年05月01日

前代からの年寄(老中)である

秀忠の死後、前代からの年寄(老中)である土井利勝、酒井忠勝、酒井忠世が引き続き年寄となったが、家光は今まで年寄一人ができたことも、年寄3人での合議が無ければ将軍への披露を認めないことにした。そのため政務は渋滞を来たし、諸大名が幕府にちょっとした進物を出すこともままならなくなった。寛永16年(1634年)には制度を改め、年寄り3人の担当を月番制とし、六人衆(若年寄の前身)をその補佐として置いた。当初はこの制度は円滑に動いていたが、後に年寄たちが案件を翌月に先送りするようになり、さらに渋滞を招いた。

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その後六人衆から松平信綱や阿部忠秋らが老中となり、土井利勝や酒井忠勝は重要な事項のみ扱う大老となった。また、目付と大目付を設置し、年寄達を通さずに直接将軍が情報を掌握できるようにするなど、幕府の諸役職は家光の時期に定まっている。

微行(お忍び)で市中に出るのを好んだとされる。勝海舟の『氷川清話』には、決してその趣味を改めようとしない家光を懲らしめるため、老中が屈強な男を雇って喧嘩を売らせたという俗話が記されている。落語「目黒のさんま」のモデルとも言われるのはこうした世評からであろう。

将軍になって以降も遠乗りや諸大名の邸への御成などで外出することを好んだ。遠乗りの際には馬で一人だけ駆け出し、お供を置き去りにすることもしばしばあったという。

家康や秀忠同様に能を好んだが、風流踊を主体とした催しをしたり、役者ではない諸大名や家臣に演じさせたりと、やや「屈折」した愛好の仕方であった。柳生宗矩にも、秘曲として名高い難曲「関寺小町」を舞わせている。玄人の中では当時の代表的な役者である北七大夫を父同様に贔屓した[2]。

また、華美な装いも好み、諸大名に伊達衣装で登城を命じたこともある。